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   <title>正しい日本語を書こう</title>
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   <updated>2006-09-29T18:45:37Z</updated>
   <subtitle>「正しい日本語」とは何かについて考える - ブログ版</subtitle>
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   <title>はじめに</title>
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   <published>1969-12-31T23:59:59Z</published>
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      思い返せば、小学校の頃から国語が苦手でした。中学校に上がった頃は苦手だった科目も、高校に入る頃にはそれなりに得意になっていましたが、国語だけはさっぱりでした。大学入試も国語が一番点数が悪かった。

国語は文系の科目と考えられがちです。しかし、エンジニアの仕事の3割以上は物書きだと言われるほど、理系の職種でも文章は書きます。学校においても、実験のレポートや卒論など、理系だからといって国語が不要などころか、より的確で明快な文章を書く必要があります。そもそも国語＝日本語である以上は誰だって日常的に会話の中で国語を使います。そういう意味で、国語に文系・理系の区別はありません。一方、いわゆる文系的な場面で出てくる日本語は文学的に美しくても、文章として不明確で難解なことがあります。たとえば、法律の条文なんていくらでも解釈があり得ますし、解説本が何冊あってもよくわからないこともあります。そういう意味で、「文系」はむしろ日本語が下手だとも言えます。

ほとんどの日本人の母語が日本語である以上、誰でもそれなりに文章を書くことができ、話すこともできます。でも、自分が書いた文章は、本当に他人から見て読みやすいのでしょうか？読みやすい文章の基準とは何なのでしょうか。読みやすく、わかりやすい文章を書く方法なんて、誰も教えてくれませんね。
      
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   <title>新年は明けない</title>
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   <published>2005-01-05T15:00:00Z</published>
   <updated>2007-02-15T08:38:02Z</updated>
   
   <summary>「新年あけましておめでとう」というのは(文法的に)誤った表現だと思います。...</summary>
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      「新年あけましておめでとう」というのは(文法的に)誤った表現だと思います。
      <![CDATA[一体何が「あける」のでしょうか？ 答えは「旧年が明け、新年を迎える」のです。

ピンと来ない方は、「梅雨明け」を想像してみてください。「梅雨明け」とは「梅雨が終わって夏になること」ですので、明けるのは梅雨であり、「明ける」＝「期間が終わる」ということです。ですから、来年の年賀状には「新年おめでとうございます」または「(旧年が)あけましておめでとうございます」と書きましょう。新年はまだ明けません。

<hr />

ところで、「これは『お湯が沸く』と同じ構造であって、文法上の誤りではない」と指摘されることがあります。ただ、このロジックは、次の2つの理由から無理があるのではないかと思います。

<ul>
<li> 「お湯が沸く」というのが「お湯を沸かす」の自動詞的な使われ方だとすると、対応する「新年を明かす」（？）という他動詞的表現が存在しない</li>
<li>時間の概念として、やはり同等と思われる「夜が明ける」という表現について、「朝が明ける」という表現はありえない</li>
</ul>

<hr />

（2007年正月追記）
…と書いていたのですが、しかしこれは「文法として」「正しいと解釈するのは難しい」ということであって、だからといって「それでは通用しない」と言いたいのではありません。むしろ、「文法的には正しいと解釈するのが難しくても、一般的にこれで通用する、ということがある」という例だと考えています。]]>
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   <title>ひらがなのおんぱれーど ～仮名漢字交じり書きの弊害～</title>
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   <published>2002-06-29T15:00:00Z</published>
   <updated>2006-09-29T18:43:36Z</updated>
   
   <summary>ゆとり教育の弊害か、最近の人々は漢字が読めない、とよく言われます。「漢字が読めな...</summary>
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         <category term="表記・記法" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      ゆとり教育の弊害か、最近の人々は漢字が読めない、とよく言われます。「漢字が読めない＝日本語リテラシーの低下」と短絡的に結びつけセンセーショナルに煽るマスコミの態度にも問題がありますが、新聞をはじめとする文字メディアの表記にも問題はありそうです。
      <![CDATA[「<a href="/jp/2001/11/post_1.html">正しい日本語の基準とは</a>」のエントリで述べた通り、新聞等の文字メディアは現在の日本語の基準の一つと言えます。しかし、「炭そ菌」などという表現に見受けられるように、新聞では仮名漢字の交じり書きが平気で登場します。「炭疽菌」と書いた方が良いと思います。

もちろん、これは「疽」という漢字が常用漢字表外であるために「工夫」された結果でしょう。しかし、熟語は基本的にいくつかのパーツに分割でき、その一つ一つの部分が意味を持っています。ひらがなよりもよほど情報量があります。もちろん、いきなり「炭疽菌」と書かれれば確かに読めませんが、だったらルビを振るなり括弧で読みを示すなりすれば良いのではないでしょうか？

さて、ここからが本題です。
交じり書きをすると何が困るのでしょうか。私は、大きく以下の3つの問題があると思っています:<ol><li>意味がわからない</li><li>可読性に欠け、すらすらと読めない</li><li>コンピューターの字句解析で失敗しやすい</li></ol>とにかく、読みにくくなるのです。新聞社側、ひいては内閣側の意図としては「漢字が読めないならその部分をひらがなに」という事なのでしょうが、日本語のような膠着型言語では、単語の区切りを字種の区切りと一致させることで読みやすくなっていることが多いので、そうした「工夫」「思慮」のせいで逆に読みにくくなっています。

常用漢字表という発想は、GHQの頃の日本語統制にさかのぼるようです。彼らには、そうした読みにくさという発想はなく、複雑な漢字を排除しようという発想しかなかったのでしょうか。

また、人間に難しいものは、コンピューターにとっては更に難解になります。よくある例題で「<a href="http://www.unixuser.org/~euske/doc/niwatori/index.html">うらにわにはにわにわにはにわにわとりがいる</a>」というものがあるが、これも漢字で書くべきところをひらがなで書いた結果、単語の区切りが不明瞭になってしまうという良い例です。(ちなみに、この例は、800以上の組み合わせがあり得ます)

コンピューターで日本語処理は難しいと言いますが、それ以上に、ソースとなる文自身が難解になっているのかもしれません。]]>
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   <title>ら抜き言葉</title>
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   <published>2002-05-06T15:00:00Z</published>
   <updated>2007-10-08T07:24:30Z</updated>
   
   <summary>「ら抜き言葉」と呼ばれる表現がしばしば用いられます。「ら抜き言葉」とは、「見る」...</summary>
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         <category term="言葉のゆれ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[「ら抜き言葉」と呼ばれる表現がしばしば用いられます。「ら抜き言葉」とは、<blockquote>「見る」のような上一段活用動詞、「食べる」のような下一段活用動詞、また「来る」のようなカ変動詞の可能表現としてそれぞれ「見れる」「食べれる」「来れる」と綴られるもの(<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%AE%E4%B9%B1%E3%82%8C#.E3.82.89.E6.8A.9C.E3.81.8D.E8.A8.80.E8.91.89">Wikipedia:日本語の乱れ</a>)</blockquote>のように、文法的な活用では必要なはずの「ら」の文字を含んでいない言葉のことです。]]>
      これらの表現がなぜ生まれたかについて考えてみると、(1)地方の方言(北陸・近畿・中部)では可能表現は元来「ら抜き」だった、(2)可能・受け身・敬語の区別がつかないため、標準語圏の人々が地方方言を取り入れた、といった流れであったものと考えられます。「ら抜き」言葉によって、可能・受け身・敬語の区別がつくようになりますので、現代標準語に見られる曖昧さは少なくなります。一方で、「ら抜き」表現によって困ることはほとんどありません。

つまり、「ら抜き」表現は非常に合理的な変化であり、次世代の「正しい」日本語となるべき性質を有しています。ただし、言葉の変化でもっとも困るのは、用いる表現の意味が話者・聞き手の世代によって変わってしまうことですから、幅広い年齢層に読まれる文書等ではまだ利用は控えた方が賢明でしょう（もっとも、高齢者のほうが「ら抜き」言葉には抵抗が少ないので、むしろ中年層への配慮ということになりますが）。

なお、この「ら抜き言葉」は現在の標準語文法と異なっているので誤りだとする意見もありますが、言葉は常に変化するものですし、合理的な変化であれば容認されるべきです。そして何より、文法というものは自然科学の物理法則と同様「実際に用いられている言葉を観察・分類し、一般化するルール」ですから、実際に用いられている言葉が変わったのに文法規則が変わっていないのであれば、それは文法自体が誤っている、と考えるほうが自然ではないでしょうか。
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   <title>「不具合」は不適合？</title>
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   <published>2002-05-06T15:00:00Z</published>
   <updated>2006-09-29T18:46:49Z</updated>
   
   <summary>「不具合がありましたら、お客様カスタマーセンターへご連絡ください」という表記を、...</summary>
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      「不具合がありましたら、お客様カスタマーセンターへご連絡ください」という表記を、マニュアル等でよく見かけます。ところが、このような表現は差別表現だと言う人もいます。「不具」というのが差別表現の一つで、これを表記するのはけしからん、と。
      もちろん、「不具合」という表記は否定の「不」と名詞「具合」の結合ですから、元々は差別表現ではありませんし、ましてマニュアルがそうしたことを意識して書いているはずがありません。でも、それを差別表現だと捉える人も一部にいるようです。そのせいか、最近は「不具合がありましたら」とは書かず、「不適格な箇所がありましたら」「不適合な箇所がありましたら」と書くケースがあります。君子危うきには近寄らず、ということでしょうか。

ただし、これは一種の過剰反応でしょう。どんな言葉でも受け取り方は人によって違いますが、しかし言葉そのものには罪はありません。また、場面や言い方によっても意味は変わります。同じバカでも「馬鹿野郎！」と怒鳴りつけるのと「バカ♥」と甘えるのとではまったく正反対の意味となるように、どんな意図で言葉を用いるかによって差別用語かどうかが決まってきます。今のところ「不具合」という言葉は「具合が悪い」とか「製品などに含まれる不良品」のことを指す場合が多く、人間に対して用いられる場面は少ないでしょうから、この言葉は直ちに差別用語とはなりません。

ただし、企業の法務部門では話が変わるでしょう。特に、ISO系の認定を取得する場合には、マニュアル等に「不具合」という言葉が含まれると不適格とみなされることもあるようです。従って、無用のリスクを減らすためにも、言い換えができるなら公の文書では使わないほうが賢明でしょう。また、ニュアンスや語意を無視して言葉尻のみをあげつらって差別に抗議する人には正論を返しても無駄ですから、抗議された場合は大人しくこっそり表現を変えるのも大人の対応かと思われます。
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   <title>正しい日本語の基準とは</title>
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   <published>2001-11-22T15:00:00Z</published>
   <updated>2006-09-29T18:47:37Z</updated>
   
   <summary>「正しい日本語」とは何なのでしょうか。...</summary>
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      「正しい日本語」とは何なのでしょうか。
      <![CDATA[日本語の表現等には、一応の基準があります。その一つが<b>内閣告示・訓令</b>です。
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=washitakecom-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4022289015&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000ff&bc1=000000&bg1=ffffff&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0" align="right"></iframe>内閣告示および訓令は、政府が国語審議会 (2000年に終了し、現在は<a href="http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/">文化審議会</a>国語分科会になりました) の答申を受けて告示・訓令していたもので、有名なものに『常用漢字表』(昭和56年10月1日) 、『現代仮名遣い』(昭和61年7月1日)、『外来語の表記』 (平成3年6月28日)などがあります。
これらの告示はあくまで目安に過ぎませんが、公文書やマスコミ・教科書などが守るべき条項を細やかにまとめてあります。『<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022289015?tag=washitakecom-22&camp=0&creative=0&linkCode=as1&creativeASIN=4022289015&adid=1QPY560BZ60FK4RABTQR">朝日新聞の用語の手引き</a>』などで見ることができるマスコミ各社の表記も、基本はこの内閣告示に従っていますので、かなり強力な基準といえるでしょう。内閣告示は今までは入手が困難だったものの、最近の電子化のおかげで<a href="http://www.bunka.go.jp/kokugo/">国語施策情報システム</a>というサイトで過去にさかのぼって「国語表記の基準」としての内閣訓令などを調べることができるようになっています。

国語辞典は、言葉の一般的な定義を教えてくれるものの、現代の一般的な表現方法を教えてくれるものではありません。従って、わかりやすい文章を書くため には、辞典ではなく新聞各社の『用語の手引き』を手許に用意するのが一番望ましいのではないでしょうか。

まとめると、「正しい日本語」とは、<ul><li>内閣が告示により推奨する日本語としての表記</li><li>新聞各社が用いている表記</li></ul>とまとめることができそうです。]]>
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