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Public Diary

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2006-06-05

ネット フリーフォントとフリーウェア

http://fonts.web.fc2.com/m/01.htm より:

  • フォントを作るにはお金と時間、そして大変な手間と労力がかかる
  • そのため、本来購入して使うものである
    • 無料なのが異常と考えるべき
  • それを無料で配布されているのは、個人作者の場合は好意に他ならない
    • フォント会社の場合は、宣伝や試用といった意味合いも含まれる

フォントの場合は「フリー」という言葉は即ち「無料」という意味に成り下がってしまうのでしょうか?

プログラム・アプリケーションなどのソフトウェアでこのような話をされると多少の違和感を感じるのに、フォントだとそれらしく聞こえてしまいますね。個人が好意で作ったからフリー(無料)なんでしょうか。そして他ならないんでしょうか。まぁもっとも、今はフリーウェアなんて言い方をせずにオープンソースとかオープンウェアといったほうがピンと来るのですが。

どうも一世代前に議論され終わったような話のような気がするのですが、とあるフォント系のメールマガジンで上記サイトが紹介されてて「え、今さら?」という感じがしたもので。当時流行った議論として「ディープリンクの可否」というのがありましたが、そちらは認めつつも「フリーウェア=個人の好意」としているあたりのギャップに違和感があるんでしょうか。

(追記)

たぶん違和感の根本的な原因は、根拠を精神論に求めていて、恩着せがましいところにあるんでしょう。そもそも「フォントは有料なのが当たり前」というのには賛同しかねる。堂々と「こちとらフォントが生業なんでい」と言われれば「あぁそうなんだ」と思うのに、「フォント作るのには金かかるのにそれをタダで恵んでやっている」という恩着せのようなものを感じるからなんでしょうかね。

翻って、オープンソースなどが今のところうまく機能しているようにみえるのは、様々な開発のバックグラウンドはあれ、妥協点として「フリーはフリー。好きなように使え」としか言っていないことなんだろう。GNUライセンスなどの唯一の強制は「フリーはフリーとして使え、オープンソースなものを使ったらその派生プロダクトもオープンソースにしろ」っていうことだけであって、オープンソースとは関係のない金銭面での強要をしていないからなんだろう。

(追記部分は思ったままに書いてるので日本語が変なのはご了承下さい)



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